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枕崎の尾辻さんを紹介します
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平成22年春、弊店で販売していた薩摩型本節の製造を長らくお願いしていた枕崎の井上さんは 完全に引退をしてしまいました。
働き詰めの人が急に仕事を辞めると精神的に不安定になるなんて言うじゃないですか。ですから、井上さんの事が心配だったのですが、9月(2010年)に枕崎を訪れた際、孫に囲まれながら「草むしりと猫と追いかけっこの毎日ですよ」と笑顔で話す井上さんに会うことができまして、安心しました。
さて、井上さん引退後に販売する薩摩型本節ですが、井上さんからご紹介をいただきまして、枕崎の製造家、尾辻さんにお願いすることにしました。昨年まで、弊店のホームページに『現在、美しい薩摩型本節を製造することが出来る現役の職人は2人しかいません』と書いてありましたが、その2人とは井上さんと尾辻さんです。では、あらためて枕崎の尾辻さんを紹介させていただきます。
尾辻 求(おつじもとむ) |
昭和11年11月3日、鹿児島県枕崎に生まれる。19歳で鰹節職人となり、10年間修行した後、大阪にて約3年間、運送業に従事しながら商売を学ぶ。昭和44年、枕崎に戻り鰹節製造家として独立。平成5年、第15回全国鰹節類品評会において農林水産大臣賞を受賞。 |
私が鰹節屋になったのが平成元年の4月。そして、その年の9月、生まれて初めて枕崎の入札会に参加しました。当時は、ほとんど素人同然でしたので、入札会で何が起こっているのか把握するだけで精一杯。でも、その時の本節の最高値は尾辻さんの節だったと記憶しています。以来、枕崎の入札会は、毎年、参加しておりますが、尾辻さんの節は、毎回の様に最高値を記録している鰹節業界の超ブランド品であります。
平成2年の第14回全国鰹節品評会で、尾辻さんは農林大臣水産大臣賞に次ぐ水産庁長官賞を受賞し、その受賞した本節を私が落札しました。これが尾辻さんの節と私の最初の出会いです。落札した100Kgの本節(薩摩型ではなく改良型です)は、普段に売っている節より2割も高く値付けをして築地の店頭で販売をしたのですが、わずか2週間で完売。そして、完売した後も、「あの品評会の節が欲しい」というプロ顧客が少なからずいらっしゃった事は鮮明に覚えています。平成5年の入札会で井上さんの薩摩型本節と出会い魅入られてしまった私ですから、尾辻さんの節とは疎遠になっておりましたが、この度、18年ぶりに尾辻さんの節を仕入れた次第です。
今年(平成22年)の5月、最終的な打ち合わせをするため、枕崎の尾辻さんの工場を訪ねたのですが、丁度、薩摩切りをしてらっしゃいました。尾辻さんと一緒に仕事をしているのは息子さんです。尾辻さんのご子息が家業を手伝っている事は耳にはしていたのですが、業界的な活動を表立ってされないので、話した事もありませんでした。聞いてみると、もう15年も鰹節を切っているとの事。黙々と仕事をする姿は、まさに鰹節職人。 巨匠クラスの技術を習得していただけるのではと、期待をしております。
尾辻さんの「いで小屋(鰹節工場)」を見学して感心したことが一つあります。それは、写真のように鰹を煮ている水の透明度が高い事であります。荒節を製造している工場では、同じ水で何度も鰹を煮るので、水がすぐ濁ってしまいます。でも、さすがは仕上節を丁寧に作る製造家です。 尾辻さんは、毎回、煮る度に水を換えるとのこと。その透明度が高い釜の水が、仕事の丁寧さの証だと思いました。
ちなみに、右の写真は、煮上がった薩摩切りを施した鰹です。コレは近海の鰹を薩摩に切って煮上げた「なまり節」。 これから焙乾し、表面を削りカビをつけて薩摩型本節に仕上げます。この「なまり節」、実にふっくらしています。半年後には旨い薩摩型本節になるのは間違いありません。
10月上旬、尾辻さんの節の検品作業を行いました。検品に先立ち、まずは試食。尾辻さんの本節、カビ色がビシッとした茶褐色で教科書的に言えば、十二分に枯れた本枯節です。だから「もしかすると、枯れ過ぎていて、ちょいと削りにくいかも?」なんて思いながら削り始めたのですが、まったく問題無い。シャカシャカ削れます。
しばらく削っていると鰹節の香りがふわっと漂ってきました。ここで小休止。箱を開けて、ヒラヒラの削り節を口に入れると、鰹節の旨みが口いっぱいに、じわーっと広がります。
さて、もう少し頑張って削ります。削り節が箱の1/3までなったところで、その削り節をマグカップに入れお湯を注いで待つこと30秒。ダシ汁を一口飲むと・・・スッキリとしていますが、バシッと鰹節の味がする。あえて井上さんの節と比較をすると、井上さんの節のダシは自己主張が控えめで素材との協調性が高い、いぶし銀の名脇役なのに対して、尾辻さんの節のダシはメリハリがついた存在感のある仕事をする名脇役なのだと思います。
井上さんの節と尾辻さんの節、どちらも秀逸。とても甲乙をつけることはできません。正直な話、どちらが良いかは使う方の好みや用途次第。井上さんの節とは個性が違う尾辻さんの節、まずは一度、ご賞味いただくたく存じます。
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