鰹節の伏高トップページ伏高コラム/レシピ築地の風景

黒川 春男

築地の風景

by 築地本店店長、黒川春男

2019 22

先月末、一月二十五日(金)、仕事から帰り、早い夕食中、携帯電話が鳴る。妹から。数年前から、私のおやじ、寝たきり介護状態だったが、食物が誤って気道内に入ってしまう誤嚥性肺炎が発症すると、胃瘻の手術を医師から要望。妹の旧知の看護士さんは、「やめた方がいいですよ、終末期の患者さんに行う人工的な延命処置にすぎないから」と告げられる。私にも電話があり、「手術どうする?」と。ベッドに横たわり、テレビも読書も窓の外の景色も見られない、眠ったままの人生が幸せなのかという重い決断。

そして、この携帯のベル。ドキッとする。まさか!! 妹「まだ時々は目を開けて、反応すっだけ言葉は喋れないけど、今のうちに鳥取に帰って逢った方がいいだら?」いよいよ迫ってきたかと覚悟を決め、土曜日の休みをもらう。金曜日、仕事を昼に早退し鳥取へ。新幹線で姫路へ、そこで特急スーパーはくとで倉吉へ、と思ったら鳥取駅までだった。米子行きの鈍行列車しかない。

二時間以上経過して到着。「何で鳥取まで車で迎えに来ないんだ」とキレる。年を重ねて怒りっぽくなったのだ。しかし、妹の家に着くや、食卓の上に立派な松葉ガニが三匹。一匹五千円だったぜとどや顔。いっぺんで気分絶好調。カニ味噌に日本酒を流し込み、飲み込む。うーん最高。上機嫌だがー!!

翌日、上の妹夫婦と五名で病院へ。藤井グループの拠点病院。老人産業花盛り。新築したばかりの清潔な院内だが静寂でひと気ない。立派な個室に入ると、空調ばっちりのベッドに毛布一枚をかけておやじが眠っていた。妹が頬をさすり、手を握り「お兄ちゃんが帰って来たぜ」声を大きくして「春男が帰ってきたぜ」。少し目が開く。「春男だぜ、春男だぜ」と連呼すると、やっと口をもぐもぐ。声にはならない。フーンというかウォーとか。 昨年会った時は、ニコっと笑ったのに、認知症が進行したのか。頬をさすりながら思わず涙がぽとぽとと落ち始めた。

昨日と変わらず、眠っている。呼び掛けると薄目を開ける。そこへ若い女性看護士さんが「失礼します」と入室。さあ体温測りましょう、血圧測りましょうとてきぱき動き、「さあ、黒川さん、歯磨きしましょう」と呼び掛けると、なんと、おやじ。パカっと口を大きく開ける。「ちょっと我慢してね」と看護士さんに頷いている。さっきまで口を開けなかったのに。若い女性には反応する人だと、黒ネコ、思わず苦笑する。此の分だと、まだまだ頑張れるかも。

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